商標制度の概要


商標

 商標法の保護対象は商標です。商標とは、
 ・業として商品を生産、証明または譲渡する者がその商品について使用をする標章(商品商標)、あるいは、
 ・業として役務(サービス)を提供または証明する者がその役務について使用をする標章(役務商標、サービスマーク)
を言います。
 即ち、事業者が自己の取り扱う商品や役務を他人の商品や役務と区別するために、その商品または役務について使用する識別標識が商標であります。
 なお、ここに言う役務には、小売及び卸売の業務(特に、多種多様な商品を取り扱う百貨店、スーパーマーケット、コンビニエンスストア等)において行われる顧客に対する便益の提供が含まれます。

伝統的な商標と「新しい商標」

 従来、日本国の商標法では、保護対象とする商標を「文字、図形、記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合、またはこれらと色彩との結合」と定義しておりました。
 平成26年改正法の成立により、平成27年度以降、上記の伝統的な商標に加えて、色彩のみからなる商標や、位置の商標、動きの商標、ホログラムの商標、音の商標といった「新しい商標」が、保護対象として商標登録を受けられる運びとなりました。諸外国では既にこのような「新しい商標」を保護対象としておりましたので、日本国の商標制度もそれに追いつくこととなります。

新たに保護対象に追加された商標のタイプ

※特許庁「新しいタイプの商標の保護制度に関するパンフレット」(平成27年1月)から一部抜粋

商標法の目的

 商標法の目的は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、以て産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することです。
 自他の商品または役務を識別する識別標識である商標は、商品または役務が一定の出所からもたらされていることを表す出所表示機能、並びに、商品または役務が一定の品質を有していることを証する品質保証機能を発揮します。そのような商標が反復的に使用され続けた結果、当該商標に事業者の業務上の信用が蓄積されます。商標法は、この商標に化体する業務上の信用を保護法益とします。

商標権


商標権は強力な権利

 商標権者は、商標登録出願の際に指定した商品(指定商品)及び/または役務(指定役務)について、登録商標(商標登録を受けた商標)を使用する権利を専有します。この権利は「使用権」と呼ばれます。
 並びに、商標権者は、登録商標または登録商標に類似した商標を、指定商品若しくは指定役務またはこれに類似する商品若しくは役務について使用する侵害者に対し、販売その他の侵害行為の差し止めや、侵害行為に起因して発生した損害の賠償等を請求することができます。この権利は「禁止権」と呼ばれます。禁止権の範囲は、使用権の範囲よりも大きくなります。
 商標権を取得しておけば、その使用権の範囲内において、他人から突然商標の使用を止めさせられるといった不測の事態は原則として発生しなくなります。従って、安心して商標を使用することができます。
 商標権者は、使用権の範囲内で登録商標を使用する権利を他者に許諾(ライセンス)することもできます。
 商標権は他者に譲渡でき、質権設定の対象ともなり得ます。

商標権を取得するには


商標登録出願

 商標権を取得するには、対象の商標とともに指定商品及び/または指定役務を特定して商標登録出願を行い、特許庁から商標登録を受ける必要があります。
 特許庁の審査官が商標登録出願の審査を行い、その出願が一定の要件を満たしていれば商標登録を受けることができ、商標権が付与されます。

指定商品・指定役務

 既に述べた通り、商標登録を受けるためには、商標それ自体の他に、「指定商品」「指定役務」を指定する必要があります。
 指定商品・指定役務とは、商標が使用される分野を特定するものです。商標登録を受けている自己の商標と、他者が使用している商標とが同一または類似していたとしても、自己の商標権に係る指定商品若しくは指定役務と、他者が商標を使用している商品若しくは役務とが異なっていて互いに非類似である場合には、自己の商標権の効力は及びません。
 指定商品・指定役務の分野は、国際条約に基づいて45の区分(分類)に整理されています。例えば、
(例1)和菓子の名称として商標を使用する場合、商標登録出願において指定する分類及び指定商品は、次のようになります。
  分類区分:第30類
  指定商品:和菓子(または菓子)
(例2)レストランの名称として商標を使用する場合、商標登録出願において指定する分類及び指定役務は、次のようになります。
  分類区分:第43類
  指定役務:飲食物の提供
 なお、指定する区分の数に応じて、特許庁に納付する特許印紙の料金、即ち出願時や登録時の料金が増加します。
 指定商品や指定役務は、闇雲に広範囲にわたって指定する必要はありません。現実に使用する範囲を正確に把握して特定することが大切です。特に、インターネットを利用したビジネスの場合には、指定する内容を特定することが難解なことが多いので注意する必要があるでしょう。指定商品・指定役務の設定が不適正であると、後述する商標登録の取消の対象ともなりかねません。

識別力

 自他商品または役務の識別力を発揮せず、商品または役務の識別標識たり得ない商標は、商標権を取得することができません。識別力を発揮しない商標は、商標法第3条第1項に規定されております。即ち、
 ・指定商品または指定役務の普通名称を、普通に用いられる方法で表示しただけのもの。例えば、指定商品「りんご」について「アップル」等
 ・普通名称ではないが、同業者間で普通に使われるに至った慣用商標。例えば、指定商品「清酒」について「正宗」等
 ・商品の産地、販売地、役務の提供場所、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む)、生産方法、使用方法、役務の提供方法や態様、時期その他の特徴、数量または価格を普通に用いられる方法で表示する記述的商標
 ・ありふれた氏または名称を普通に用いられる方法で表示しただけのもの。なお、氏名はこれに該当しない
 ・極めて簡単かつありふれた標章のみからなる商標。例えば、仮名文字一文字、ローマ字一文字ないし二文字、一桁または二桁の数字等
 ・その他、需要者が何人かの業務に係る商品または役務であることを認識できない商標。例えば、標語やキャッチフレーズ、現年号「平成」等
は、商標登録を受けられません。
 ただし、長年にわたる使用の結果、需要者が何人かの業務に係る商品または役務であることを認識できるに至った商標については、登録を受けられる余地があります(商標法第3条第2項。例として、商標第4546706号「宇都宮餃子」、商標第5384525号(乳酸菌飲料の容器の形状)、商標第5444010号(消しゴムの形状)等)。が、そのハードルは非常に高いです。

登録阻却事由

 識別力を発揮する商標であっても、商標法第4条第1項各号に規定された商標については、登録を受けることができません。同条に規定された登録阻却事由のうち、実務上しばしば遭遇するものとしては、
 ・他者が先に出願して登録を受けた商標と同一または類似の商標であって、当該他者の登録商標の指定商品若しくは指定役務と同一または類似の商品若しくは役務について使用するもの。要するに、他者に先に商標権を取られてしまっている商標またはその類似範囲内にある商標。いわゆる先願主義
 ・他者が必ずしも商標権を取得しているわけではないが、他者の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標と同一または類似の商標であって、当該他者の登録商標の指定商品若しくは指定役務と同一または類似の商品若しくは役務について使用するもの
 ・商品の品質または役務の質の誤認を生ずるおそれがある商標。特に、登録を受けようとする商標に地名や地域を示唆する文字が含まれる場合に該当しやすい。例えば、登録を受けようとする商標に「京都」「京」等の文字が含まれていると、当該商標を使用する商品が京都とは無関係の地域で製造されたり、京都由来の方法とは異なる方法で提供されたりすることで、“京風”であることを所望する需要者の期待を裏切ることになってしまうおそれがある。そのため、当該商標の登録が拒絶されることがある(もっとも、指定商品若しくは指定役務を京都産、京都由来または京都式の商品若しくは役務に限定することで、この拒絶理由の解消は可能です)
等が挙げられます。

出願公開

 商標登録出願の内容は、商標権を取得できるか否かにかかわらず、出願後速やかに特許庁によって公開されます。この公開は、公開商標公報の発行という形でなされます。
 なお、公開商標公報は商標公報とは別物であり、公開商標公報に記載された商標に商標権が与えられているとは限りません。

権利の存続

 出願が審査を通過して登録査定を得た後、最初の10年分または5年分(分割納付を選択した場合)の登録料を特許庁に納付することにより、特許庁が管理する商標原簿に商標権の設定の登録がされます。
 商標権が発効すると、その登録商標の内容を公示する商標公報が特許庁より発行されます。


商標権の更新登録申請

 商標権は、商標原簿への登録によって発生し、登録日から満10年経過を以て満了します。しかし、商標権の存続期間は更新することができます。何回でも更新できますから、一度商標権が発生すれば、半永久的にその権利を維持することが可能となっています。この点で、創作物を保護する創作法(特許法、実用新案法、意匠法や著作権法。創作物に対して有限期間の独占権を与える)とは完全に異なります。

権利の無効

 特許庁といえども万能ではありませんので、本来商標登録を受けることができない理由(例えば、出願商標が何れかの登録阻却事由に該当する等)があるにもかかわらず出願が審査を通過して商標登録されてしまうことがあります。
 このような商標登録は、無効理由を内包するものとされ、侵害訴訟において権利を行使することができません。
 並びに、異議・無効理由を内包する意匠登録は、特許庁に商標登録異議申立を行うか無効審判を請求することによって消滅させることが可能です。

不使用または不正使用による商標登録の取消

 めでたく商標登録を受けたとしても、登録された商標を継続して3年以上使用していないと、他者の請求によりその登録が取り消されてしまうおそれがあります。
 不使用による取消を免れるためには、商標権の使用権(禁止権ではない)の範囲内で適正に商標を使用している必要があります。商標登録出願の際に設定した指定商品または指定役務と、商標権の設定登録後に登録商標を使用している商品または役務とが合致していないと、商標を使用しているつもりであるにもかかわらず、不使用取消理由を生ずる可能性を招きます。
 加えて、商標権者が故意に禁止権(使用権ではない)の範囲内にある商標を使用して、商品の品質または役務の質の誤認や、他人の業務に係る商品または役務との混同を引き起こした場合にも、不正使用であるとして他者の請求により商標登録が取り消されてしまうおそれがあります。

属地主義

 日本国特許庁に出願して取得した商標権の効力は日本国内に限定され、国外には及びません。商標制度は国または地域毎に存在しており、外国において商標権を取得したい場合には当該国の特許庁(に該当する官庁)に商標登録出願をする必要があります。
 ただし、日本国内への輸入物、日本国内からの輸出物に対しては、日本国で取得した商標権を行使できます。

海外からの模倣品流入に対する規制の強化

 加えて、商標権(または、意匠権)を侵害する品の輸入行為に対しては、それが専ら個人が自己で使用する目的の個人輸入であったとしても(日本国内で当該品を販売等する目的でなかったとしても)、税関においてこれを差し止め、当該品を没収等することができます。

不正競争防止法による商品等表示の保護

 商標法以外に商標を保護する法律として、不正競争防止法が存在します。即ち、商品や役務について使用している商標が、特定の者の業務に係る商品または営業を表示するものとして需要者の間に広く認識されるに至った暁には、商標登録の有無にかかわらず、当該商標について、不正競争防止法第2条第1項第一号または第二号を根拠とする保護を受けることができる場合があります。
 ただし、不正競争防止法による保護を受けるためには、当該商標が一定地域内の需要者にとって周知かつ他者による当該商標の使用が出所の混同を招くこと、または、当該商標が全国的に著名であることを主張立証する必要があります。
 これに対し、商標権の侵害者は、たとえ商標権に係る登録商標が需要者にとって周知や著名でなかったとしても、侵害行為についての責任を免れ得ません。